転倒事故に神戸地裁が532万円の支払い命令。介護・医療事業者に重くのしかかる法の無知。 

オムツに排便させればよくない?司法の無知と介護現場

転倒事故。介護現場の事故で最も多いのが転倒による事故です。

転倒事故をゼロにすることはできるのか、いや、転倒そのものをなくすことはできるのか?

重い問いと向き合い続ける介護現場ですが、大きな判決があったので今回はそれを紹介したいと思います。

県立西宮病院での転倒事故。病院の過失を認め、532万円の支払い命令

先に前置きですが、久しぶりの更新ですいません。

いろいろありましたが、久しぶりに更新していきます。

お伝えしたいことはありましたが、ゆっくりデスクに向かう時間が取れないこともあり、すいませんでした。

今回お伝えしたいニュースはこちらです。

 兵庫県立西宮病院で2016年、認知症患者の男性=当時(87)=が廊下で転倒して重い障害を負ったのは、看護師が転倒を防ぐ対応を怠ったためとして、男性の家族が兵庫県に約2575万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が1日、神戸地裁であった。高松宏之裁判長は「転倒する恐れが高いことは予見できた」などとして、約532万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は16年4月2日早朝、看護師に付き添われトイレに入った。看護師は男性が用を足す間に、別室患者に呼び出されて排便介助に対応。男性はその間にトイレを出て廊下を1人で歩き、転倒して外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折のけがを負った。男性は2年後、心不全で亡くなった。

 男性の家族は、けがによる入院生活の継続で男性は完全な寝たきり状態となり、両手足の機能全廃になったと訴えていた。一方で県側は、別室患者は感染症を患っており、排便の介助を急いだことはやむを得ないなどと主張していた。

 高松裁判長は判決で、認知症の男性から目を離せば、勝手にトイレを出て転倒する可能性が高いことが「十分に予見できた」と認定した。また、男性の状態と、別室患者がおむつに排便すれば問題がなかった状況などを比べ「優先しなければならなかったとは認められない」と指摘。男性は事故で寝たきりとなり、認知症が進んで両手足の機能全廃に至ったと認めた。

 一方で、男性の年齢や、事故以前からの認知症も影響している点などを考慮し、損害金額を算出した。

神戸新聞より

簡単に要約します。

病院内で、認知症のある男性患者がトイレで排便している間、看護師が別室の患者の排便対応をしていたところ、トイレにいた方の男性患者がトイレを出て転倒。外傷性くも膜下出血と頭がい骨骨折し、2年後に心不全で亡くなったというものです。

遺族が病院を運営する兵庫県を相手に裁判を起こし、病院側の過失を認め、532万円の支払い命令を行ったというニュースです。

裁判長は判決の中で、「別室患者がオムツに排便すれば問題がなかった」と発言をしています。

この発言、みなさんはどう思いますか?

介護現場の転倒事故は介護事故全体のうち65.6%を占める

今回、ひとつの裁判事例を取り上げましたが、介護施設や病院などでは転倒事故は頻発します。

介護労働安定センターの調査によると、介護事故全体のうち、65.6%は転倒事故となっています。

介護労働安定センターホームページより

なぜこんなに転倒が多いのか。

簡単です。介護が必要な人は転倒もするんです。

施設だから転倒したわけではありません。病院だから転倒したわけではありません。

高齢者だから転倒するんです

「施設が転倒させた」というのは明らかに誤認で、これは実際に介護をしていた人ならわかると思います。そして、介護現場も医療現場も、すべての転倒事故を未然に防ぐためのマンパワーはありません。介護報酬や診療報酬で得られる報酬が決まっている以上、施設での対応には限界があります。

もちろん、本人や家族が、「転倒を絶対にさせたくない」と自費で24時間マンツーマンで人を雇っているのであれば可能かもしれませんが。

さらに、国は介護施設の人員配置を削ろうとしています

現行の、入所施設での利用者3人に対して職員1人という3:1の人員配置基準を、利用者4人に対して職員1人の4:1基準への変更を推進しています。

少子高齢化が進むにつれ、ますます介護現場のマンパワーは乏しくなっていきます。

この状況でどうやって事故を防ぐというのでしょうか。

自助努力で解決できる限界があります。

転倒を防止するためにはオムツにしてしまえばいい

そこで、この事故の裁判を扱った裁判長は、判決に際し、この危機に苦しむ介護・医療現場を救うべく、乾坤一擲、画期的なアイデアを発表します。

転倒させないように、オムツでウ〇コさせればいいじゃん

え?

・・・?

「オムツで排便させれば転倒は起こらない。」

「転倒を防止するためにはオムツで排便させることは合理的。」

オムツに排便させなかった病院が悪い。」

「はい、損害賠償532万円お支払いください」

という判決です。

いや、ちょっと意味が分からないんですけど。

これが日本の司法の下した判決です。

間違いなく、これからも転倒事故の裁判は増え続ける

はっきり断言しておくと、これからも転倒事故をめぐる裁判は増えます。

なぜかって?だって遺族は勝てるから。

転倒事故をめぐる裁判事例をいくつか見ていきましょう。

平成23年9月に、特別養護老人ホームの短期入所者(当時79歳、男性)が、深夜にトイレに行こうとして転倒し、平成26年6月に死亡した。当該入居者は、パーキンソン症候群等の影響でふらつきによる転倒の危険性が高く、事故の直前にも転倒事故を起こしており、利用当初から一人でトイレに行こうとしていた。施設側はナースコールを使うよう求めていたが、入居者本人に聞き入れてもらえない状況で、声掛けを繰り返したとしても不十分で、離床センサーの設置が義務付けられていたとして、施設の安全配慮義務違反を認めた。
妻子合計2549万0419円の請求のうち、入居者本人の慰謝料総額を1300万円とし、さらに治療費及び入院費を認め、4割の過失相殺を行い、991万2854円を認容した。
(大阪地判平成29年2月2日)

平成24年9月に、特別養護老人ホームのショートステイの利用者(当時100歳、女性)が、職員の送迎で自宅に帰宅する際、階段を踏み外して転落し、階下の道路に後頭部を強打し脳挫傷等を負い、救急搬送により入院し、同年11月に誤嚥性肺炎で死亡した。安全配慮義務の具体的内容は、利用者の能力、現場の状況により異なるとして、本件では、雨天で、平地よりバランスを崩しやすい階段であることなどから、予見可能性があり、階段を上る際、常時、その身体を注視し、その身体を適切に支え、バランスを崩して転落しないようにする安全配慮義務を負っていたとした。
子らの合計6000万円の請求のうち、入通院・死亡慰謝料1500万円他入院費等を認め、過失相殺3割を行って、1358万4810円が認められた。
(福岡地判平成28年9月12日)

いくらでも転倒事故の裁判事例は出てきます。もちろん、施設側の安全配慮ができていたとして請求棄却になるケースもありますが、司法の目ははっきりいって介護現場を理解しているとは言えません。

ひとつのポイントは事故を「予見できたか」という点ですが、そりゃ予見はできますよ。
ほっといたら転倒するんですから。

でも、限られたマンパワーで運営していたらすべての事故を未然に防ぐことは絶対にできないんですよね。

けれど、司法ではそれを許しません。

転倒のリスクと人間の尊厳

この裁判に本質的に欠けているのが、人間の尊厳ですよね。

オムツに排泄すればいいじゃん感覚で、人間の尊厳を守れるのでしょうか。介護の仕事で最も大事なのは、その人の尊厳を守ることだし、自立を支えていくことだと、僕自身は思っています。

それを守れないなら、利用者を人ではなく、モノとして扱っているのと同じです。

であれば、
「オムツに排便させれば?」は
「ベッドから起こさなければよくない?」
「ベッドに縛りつけておけばよくない?」
も同義語です。

結果、どんどん廃用していき、褥瘡だらけになっても、誤嚥で入院を繰り返しても、施設は責任を取らなくていい。事故を起こしていないんだから。

このような司法の考えの元であれば、施設は転倒事故を起こさないため、寝たきり高齢者を作る介護に方針転換していかなければならなくなります。

変わっていく空気感

SNSなどを見ていても、介護に対する社会の価値観の変化を感じます。

社会が貧困化が進む一方で、社会保障費が膨らみ、介護や医療が目の敵にされているなと感じることも増えました。

自分の見えている範囲でしか物事を考えない人、想像力の欠如した人が増えているのかもしれません。

介護を志す人や、介護現場で働く人が、もっと胸を張っていられる社会であってほしいと願っています。

追記:法律の専門家はこの判決をどう考えるか

この判決について、わかりやすく説明しているのは介護専門の弁護士外岡潤さんのyoutube動画。

介護業界に精通した弁護士として有名な外岡先生は、「転倒という結果を回避をできたのではないか」という裁判所の主張に対し、その状況に対応できるだけの人員配置もなく、身体拘束もできない、その時の状況もあるので、人間として対応できる限界があると主張しています。

転倒という「結果ありき」の判決であって、過失認定のハードルが甘すぎるため、関係団体が足並みをそろえて裁判所に申し立てしていくことが必要だと伝えています。

結論として、もう転倒事故を防ぐ手段もないですし、裁判を起こされたら過失認定され施設側に賠償責任は生じる。となると、転倒→裁判のロシアンルーレットですね。

このような判決が続くことで、介護・医療の崩壊は、間違いなく近づいているのです。

記事編集・監修

 

介護福祉ウェブ制作ウェルコネクト

居宅介護支援事業所管理者・地域包括支援センター職員・障碍者施設相談員など相談業務を行う。

現在はキャリアを生かした介護に関するライティングや介護業界に特化したウェブ制作業を行う。

オムツに排便させればよくない?司法の無知と介護現場

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